2010
08.12

Bauer Sidecars との出逢い

今から約40年間前にバイワーゲンショップを設立した市橋さんが造ったサイドカーをW1Sに取付けて、中原街道や目黒通り、首都高速道路を走っていた。東京都内ですれ違うサイドカーは、中原街道・洗足池で望月さんのR69S大陸サイドカー、五反田や不動前で市橋さんのR60純正サイドカー、目黒・権之助坂で、秋山さんのコメットサイドカーとよくすれ違っていた。

秋山さんと市橋さんの三人で箱根ツーリング途中に、小生のサイドカーで七曲を走っていた時、急なコーナーで強いGの影響でトーインステーの溶接が剥がれてしまった。箱根の工事現場で秋山さんが溶接機を借りて応急処置で修理してくれたのが、つい最近のように想える。

秋山さんが、グラスファイバーのコメットボートから鉄板軍用タイプを造り始めた。鉄板1.4mmを何度も何万回も叩いて1号車が完成した。 フレームは、バイワーゲンと同じベルクランク方式、フレーム材質をガス鋼管から材質の良い引抜鋼管に変わってきた。バウアーのはじまりである。当時から何台も製作するボートやフレームを製作する秋山さん作業をみていると 誰もできない作業工程の積み重ねと経験を生かしたオリジナル方法で鋼板を叩いて製作している。 サイドカースペシャリストビルダーとしての、技術力は天下一品で日本を代表するサイドカービルダーに躍進していった。

昭和63年10月(1989.10.14)の別冊MC誌にバウアー試乗レポートが特集されている。R60+バウアーTR500タイプは、TR500純正タイプより車重が約25kg軽いことや、フレームの補強や足回りの車軸に何度もの経験を生かしたバウアーのオリジナルクランク方式がセットアップされている点を見逃せない。純正サイドカーは、50年以上の昔の車両でボートの腐食や足回りの老朽化が大きな悩みである。バウアーは、純正を忠実にふるコピーしているが、軽量鋼板の使用やフレーム補強や足回り強化など現代のモーターサイクルの流れにマッチングした傑作で究極サイドカーと思っている。

小生もR50,60,69S,75にサイドカーをセットして何年も乗り続けているが、バウアーサイドカーのセットアップは、一台一台のMCの特質や癖を見抜いたジャストセッティングである。それ以上にハンドリングが軽いことが大きな特徴である。

小生のR60(100S)+TR500は、ドイツ警察純正の短いコンチネンタルバーとオイルダンパー無しの状態でマッチングされている。ハンドルがぶれないジャストセッティングであるため、週末は六甲山ワンディングロードをサイドカーのスリリングな体験とハンドリングで醍醐味を満喫している。正月は箱根の旧道七曲を寒さに負けず毎年楽しんでいる。

小生は仕事の用務で14~5年間のお会いできなかったことがあったが、神戸を中心に精魂走り込んだR75サイドカーが40年間で43万kmを走破したことで人生の一区切りとして旧タイプに乗り換えることにした。

今から5年前にバウアーに相談してR60に100sエンジンを搭載してサイドカーをセットした。仕様条件は、R75で43万kmを走ったが、40年間走り続けて疲労の無いハンドリングと特別にジャストフィットするセッティングを入念にお願いした。 製作期間は、エンジンの積載とフレームとボートの製作と加工に約2ヶ月間で仕上げ完成した。

エンジン等オイル漏れはあるが、極めて究極なハンドリングは格別である。もうRタイヤ5本目で約4.2万kmを走破している。現在、3.86デフが破損している。また、フレームエンジンマウントの取付け部の溶接に切れ目が入っているので、修理を依頼している。

これもバウアーの45年以上の熟練した経験と技術の高い精度で仕上がった究極のサイドカーであると確信している。もしこれからサイドカー体験にチャレンジする皆様方には、是非、バウアーサイドカーを一度、試乗して、他社のサイドカーとの違いを自分の肌で体験していただければ、さらにサイドカーの醍醐味に取り込まれ満喫できると思っています。

これからもバウアーの益々の躍進とご活躍を祈念申し上げます。

神戸市灘区高羽町在住  玉木崇久

>OWNER’S VOICE 001-2へつづく

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